私は修理業に携わってそれなりの年月が経ちますが、未だに苦しむ事があります。
それは「適正の修理価格とは?」という事です。

先日、家族がデジタルカメラが故障してしまった。とお店へ持ち込んだところ
「価格的にも新しい物を用意された方が良いかも」とアドバイスを受け新しく買い替えをしました。

このようなやりとりは私のような【修理屋】には非常に考え深い事柄です。

はっきり申しあげて私の属する靴やかばん修理の修理価格には【定価】がなく、お店により価格が異なるのが現状です。

また、お持ち込みになられたお品の購入価格によりお客さまの【修理価格】のとらえ方が異なったりと・・・。
「低価格で買ったのに修理にそんなにかかるの?!」というお客さまからのお声も少なくはありません。

わざわざ足をお運びいただき、せっかく直してまた使っていこうとされているお品に対し
そのお客さまの適正修理価格が見合わず・・・というのは私にとっても非常に心苦しいです。

・・・といって「ここの部分の修理は購入価格の何%になります。」とも行かないわけです。

当然いちがいには申せませんが、靴やかばんも現在では低価格での乱売が当たり前になってしまいました。

実際その類の物はいざ直そうと思っても、物理的に直りきらない物も少なくはありませんし、
上記のように修理代金の方が高額になる事が考えられます。

4~5年前の事ですが、当時ご利用いただいたとあるご年配の女性のお客様が
「私は初任給で良い靴を数足買ってね。それを繰り返し繰り返し直し、それは大事に履いたものよ。」
と言われた事を未だに覚えています。

察するに数十年前のお話のようでしたが、当時と現在では品の質や造り、作業手間も異なるがゆえ、
物に対する価値観も異なり、それが売価に反映されている部分はあったと思いますが
現在もその当時も「この靴を直してまた履いてみたい。」と思われる方々の気持ちは変わらないと思います。

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生前の祖父を見ていて、すごく物を大事にしていたり、景品1つとってもそれに喜びを感じていたり
その景品が同じ物で何色もある物だと【黒や白】ではなく【赤や黄】を選んだりと。。。

物の無い時代に生まれた祖父の価値観はその時の私では本当の意味で解らなかったと思いますが
現在【修理屋】という職業に身を投じてみると、大事な部分が少しだけ解ったような気がします。

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まずはお客さまに安心して使っていただける環境は前提にしても
【修理価格】の件ではおそらく私が修理屋を続ける限り、ず~っと付きまとうのでしょう・・・ね。。。

「昔の歌は良かった。昔の皮革は良かった。1つの物自体に今に無い価値観があって・・・」と思い返しても始まりませんが、
すぐに答えは出せない問題です。。。

※今回は「相性・愛着・思い入れ」という類の価値観をあえて使用せずの内容です。